この年代の香港ホラーは奇妙な魅力一杯
『蠱/Bewitched』は1981年に香港で制作されたカルトホラー映画であり、土着の奇天烈な悪魔的な呪いとその呆れる様な恐ろしい影響を描いた作品です。この映画は、香港ホラー映画の一大ジャンルを形成する「ブラックマジック」映画の一つであり、汚たならしい強烈なビジュアルとぶっ飛んだショッキングな展開、シリアスに笑わせてくる場面ばかりでコアなファンを魅了しました。
CGを(時代的に)使わない(使えない)ので、本物の蟲(何故かミルワーム・オンリー)を口の中に詰め込んだりする役者さんの体当たりな演技が素晴らしいです。もしかすると、当時の香港では昆虫食は割と一般的で、(生きたままの踊り食いが普通かどうかは別として)そんなに忌避されてなかったのかも知れませんが。
日本でもビデオがリリースされた、こちらもファンが多いカルトホラー『魔/デビルズオーメン』の前日譚です。私の場合(恐らく他の人も)、レンタルビデオ全盛期に借りて『魔/デビルズオーメン』を先に見ていたので、『蠱/Bewitched』の後日談へと繋がるラストシーンで、ああそういう事だったのか、と両方見た人になら共感して貰えそうな妙な感動を覚えました。
『蠱/Bewitched』の簡単なあらすじ紹介
『蠱/Bewitched』の最初には!
国内盤は発売されておらず、手に入るのは海外版DVDのみ。(海外のAmazonでも買えます)
中国語音声、英語字幕(ついてて有り難い)なので、中国語も英語も全く駄目な私には詳細は不明でした。ストーリーは英語字幕で判る範囲で解釈しました。因って憶測が混じります。
先ずは「魔術は神秘的な技術。実際に目の当たりにした人はいなくても、噂を聞いた事がある人は大勢。恩知らずな男たちに”復讐”を騙す魔術の伝説は特に広く普及している。中国の雲南省、亀州省、ミャオ族。東アジアのタイ、ベトナム、ガウミエン。魔術に精通した女性でいっぱいです。この物語は、香港とタイで収集した情報に基づいています。信じるか信じないかはあなた次第です。」そんな実話怪談の再現映像を仄めかすテロップがまことしやかに流れ、物語は始まります。
あらすじ(ネタバレなし)
冒頭から、80年代香港ホラーならではの香ばしい空気が炸裂します。頭部に釘を打ち込まれ殺害された女児の遺体が発見されるところから物語は始まります。
容疑者として身柄を確保されたのは、香港のごく平凡なサラリーマン・ラムワイ。取り調べの中で担当刑事ボビーに対し語り始めます。
──タイでの短い恋愛を終えて帰国して以来、
自分の周囲で理解不能な現象が立て続けに起き始めたのだ、と。
常識では到底説明のできない不可解な出来事が立て続けに発生し、己の正気を疑わずにはいられない怪奇現象が次々とラムワイを襲う。
彼はそのすべてを、ボビー刑事に告白する。
最初は半信半疑だったボビー刑事も、降頭術による呪術がラムワイの身体を蝕み、肉体が変貌していく光景を目の当たりにし、ついに呪詛の存在を否定できなくなる。
事件の真相を追うため、ボビーは単身タイへ向かうが──
その行動は降頭師の逆鱗に触れることとなり、今度は ボビー自身が呪術の猛攻の標的となってしまう……。

私を捨てたあの男が憎い。
呪いを掛けて、殺して下さい。

…………。
良かろう。「蠱(Gu)」を使って呪殺してやる。
――ここまでが、ネタバレなしの紹介。
この先は、幼女殺害事件の真相、呪われたラムワイの行く末、降頭師の呪詛からボビー刑事がどう逃れるのか、そしてこれまでの主要人物を置き去りにして展開される怒涛の最終決戦と衝撃のラストに触れます。
著作権への配慮のため(不特性多数へのネタバレの自粛)、ネタバレありあらすじの詳細はnoteに移します。
謎の降頭術のオンパレードをちょっと紹介(この作品の目玉)

この作品に登場する奇天烈かつ奇妙な、興味の尽きない降頭の秘術の一部を紹介します。
- 「檸檬降」
- 蛇と鶏の血に浸した針を鶏の臓物に刺してから抜き、檸檬に刺してから道路に埋める。すると通行人が上を踏む度に対象の心臓が痛む。
- 「養鬼仔」
- 悪魔の子を使役し、対象の家に侵入させ、なんやかんやと厄災を起こさせる。
- 「勒頸降」
- 降頭師がミルワームを口の中に一杯頬張り、その後に人形の首を締めると対象の首も締まる。
- 「死降」
- 人形に針を刺すと対象の心臓に激痛が走る。

バババヒヒヒヒファハハハーッ!
ヘイ! 奥さんッ! 今からてめーをぶっ殺してやるぜーッィィィーーーーーッ!!
降頭術の呪が本当にこういう感じのものばかりなのかは不明ですが、この降頭術のオンパレードが繰り広げられるシーンは、ホラー映画の真面目に作られた恐怖シーンのはずですが、観てて楽しいです。
映画の特徴と魅力
『蠱/Bewitched』は、その時代の香港ホラー映画の典型的な要素を多く含んでいます。まず、ブラックマジックというテーマは、観客に強烈な印象を灼きつけ興味を引き出します。蠱という呪術の描写は、虫や血、奇怪な儀式など、視覚的に衝撃的な要素が多く含まれており、観る者に強いインパクトを与えます。
また、映画は単なる恐怖映画にとどまらず、文化的な背景や伝統的な信仰を過飾で盛り過ぎに描いています。タイや中国の民間伝承や宗教的な儀式は、物語に深みを与え、ホラーとしての胡散臭さリアリティを高めています。特に、道士のキャラクターは、伝統的な道教の儀式や呪術を通じて、観客に異文化の魅力を伝えます。
80年代の中国やタイの町並みを、映像として楽しめる部分も個人的に評価が高いです。
キャラクターの描写
哀れな被害者と言えなくもないラムワイは、割と何処にでも居そうな普通の男性として描かれています。彼のキャラクターは、特別悪人とは言えず、ただただ不運で不幸なだけの一般人。観客が共感しやすいように設計されており、彼の苦悩や恐怖はリアルに感じられます。彼の娘も、呪いの被害者として描かれており、彼らの運命は観客の感情を揺さぶります。
一方で、黒魔術師のキャラクターは、完全な悪役として描かれています。とはいえ、強大な力を持つのに、ワンマンの為に部下が存在しないので、前準備的な工作や小細工も自分自身で行わねばならず、思いの外フットワークが軽く、フリーランスの苦労みたいな物を感じさせるのが何とも言えません。そして、最終対決における彼のやられっぷりは圧倒的です。
まとめと結論
『蠱/Bewitched』は、1980年代の香港ホラー映画の中でも特に印象的な作品です。ブラックマジックという独特のテーマを類似映画の中でも殊に上手く扱い、人によってはSAN値をガリガリ削られるであろう、強烈なビジュアルとショッキングな展開で観客を引き込みます。
呪いや黒魔術の恐怖を描きながらも、文化的な背景や伝統的な信仰を織り交ぜることで、単なる恐怖映画以上の深みを持っています。
この映画は、ホラー映画ファンやカルト映画ファンにとってかなり高く評価されている作品であり、その独特の魅力は今なお色褪せることなく、多くの人々に語り継がれています。
映像の半分くらいは降頭師のプロモーションビデオみたいになっている気がしますが、毎回毎回呪術を使う度に、おどろおどろしい呪術名が画面に大きくテロップされる演出が最高です。
『蠱/Bewitched』は、未見なら是非とも一度は鑑賞しておきたい、まさに香港ホラー映画の金字塔といえる作品です。
ショウ・ブラザーズの香港怪奇映画
ショウ・ブラザーズとは?
ショウ・ブラザーズは、1960〜70年代の香港映画黄金期を支えた“東洋のハリウッド”。
カンフー、武侠、ホラー、恋愛、歌舞と、あらゆるジャンルの映画を量産し、香港映画文化の礎を築いた巨大スタジオです。
呪術ホラー映画も制作しており、本作『蠱/Bewitched』もショウ・ブラザーズ作品。
しかし、TVの普及と競合他社の台頭により、1985年には事実上の映画製作を停止。
奇妙な魅力を放つ香港ホラー/呪術ホラーの数々は、巨大映画王国の“影の遺産” として今も強烈な記憶を残しています。
実は『蠱/Bewitched』には続編がある
実は『蟲(Bewitched)』には続編として『魔(The Boxer’s Omen)』という作品が存在します。
こちらは国内でも日本語字幕付きVHSが発売されており、異様に目を惹くパッケージが印象的でレンタルビデオ店で見かけると、思わず手に取ってしまう独特の吸引力 がありました。
続編 『魔(The Boxer’s Omen)』 は、『蟲(Bewitched)』のラストで 倒された降頭師が復活し(?)、高僧への復讐を企てたことを発端に 新たな物語が展開していきます。
この映画では、主人公と戦う敵のボクサー役として、日本でもおなじみの ボロ・ヤン(ヤン・スエ) が登場する。
刑事ドラマ 『Gメン’75』 に出演していたため、TVで見覚えのある人も少なくないはずだ。
- 『蠱/Bewitched』(1981) — 本記事で紹介
- 『魔/The Boxers Omen』(1983) — 降頭師が3人に増え呪術世界が拡張されると同時に格闘アクションが追加される

