創元SF文庫・ホラーSF傑作選「影が行く」
創元SF文庫・ホラーSF傑作選「影が行く」
西暦2000年に、創元SF文庫からホラーSF傑作選『影が行く』が発売されました。
「影が行く」は、
- 原題:Who Goes There?
- 著者:John W. Campbell Jr.(1938年発表)
言わずと知れた映画作品『遊星よりの物体X/The Thing from Another World(1951)』『遊星からの物体X/The Thing(1982, 2011)』の原作です。
ジョン・カーペンター監督版『遊星からの物体X(1982)』が好きな私は、ホラーSF傑作選『影が行く』の発売直後、当然のように購入しました。
創元SF文庫は高確率で短期で絶版になり、そして入手困難に陥る可能性が高いため、「ある時に買っておかないと、後で後悔する」――これが経験則から得た教訓です。
しかし、入手しても、それを直ぐに読むかはまた別問題。海外作品の翻訳小説は、読むのに疲れる文体が多いので、なかなか読む気にならず、長期間放置してその存在すら忘れていました。
その年数、なんと25年。
ところが最近、Amazonプライム・ビデオで『遊星よりの物体X(1951)』の日本語字幕版が見放題になっているのに気づき、それを視聴したことでこの本を思い出し、今さらながら読了しました。
創元SF文庫版「影が行く」あらすじ(ネタバレ含む)
氷の下の発見
南極大陸の荒涼とした氷原。アメリカの調査隊が古代の氷層を掘削中に、奇妙な宇宙船を発見する。
氷に埋もれていたその船は、推定で2千万年前に地球へ墜落したものらしい。
隊員たちは氷を掘り進めようとするが、誤って熱を加えすぎて船体を溶かしてしまい、宇宙船は大破してしまう。
しかし、近くの氷塊の中には、不気味な生物の死骸のようなものが閉じ込められていた。
それは人間大で、三つの赤い目を持ち、異様に長い腕と爪、青緑色の皮膚をしている。
隊員たちはその「物体」を基地に持ち帰り、氷ごと研究室で保管する。
蘇る“それ”
夜。隊員たちが寝静まった頃、氷に包まれていた生物が消えていることに気づく。
氷が溶けたのち、死んでいるはずのその存在が動き出したのだ。
見つけた犬が吠え立て、研究室に駆けつけた隊員たちは、怪物が犬を襲っているのを目撃する。
すぐに火炎放射器で焼き殺すが、遺体を調べた科学者ブレアは戦慄の仮説を立てる。
「これは地球外生命体だ。細胞単位で他の生物を取り込み、完全なコピーを作る。
― つまり“誰が人間で、誰がそれなのか”もう見分けがつかない。」
疑心と孤立
ブレアは恐怖と混乱のあまり発狂し、基地の通信装置や飛行機を破壊してしまう。
「外に出れば世界中に広がる!」と叫びながら。
隊員たちは彼を隔離し、基地を封鎖。
だが、すでに「それ」は隊員の中に紛れ込んでいる。
仲間を疑う空気が漂い、誰も信じられない心理戦が始まる。
「誰が“本物の人間”なのか?」
寝ている間に同僚が“同化”される可能性に怯え、互いを監視し合う。
恐怖と偏執が極限に達するなか、隊員たちは血清検査による“同化判別テスト”を試みるが、怪物の死体組織も人間と同様の反応を示したため、この方法では識別できなかった。
血のテスト
ついにマクレディ(基地の副隊長格の人物)が指揮をとり、「血液を使ったテスト」を提案する。
それぞれの血を採取し、金属を熱して接触させることで――
「怪物はあらゆる部分が“全体”であり、分離した血液も一個の生命体として反応して逃げようとするはずだ」
という仮説に基づいたものだった。
テストの結果、数名が“それ”であることが判明し、即座に焼却される。
だが、この混乱のなかで、誰がどこまで同化されていたのかはもはや不明。
極寒の基地は恐怖と狂気に包まれていく。
最終決戦
残った隊員たちは、最後の“それ”がブレアであると突き止める。
隔離されていたブレアは完全に同化され、地下で新しい宇宙船を組み立てていたのだ。
地球から脱出し、再び宇宙へ飛び立とうとしていた。
マクレディたちは激闘の末、火炎放射器でブレア=それを焼き尽くす。
到着があと30分遅ければ、それは宇宙船で飛び立ち、地球や他の惑星も危険にさらされるところだった。
人類は救われたのか?
ブレアとの対決の直前、隔離小屋の上空を、一羽のアホウドリが大きな翼を羽ばたかせて飛んでいた。
同行していたノリスが拳銃で撃つものの、仕留め損なってそれは遠くへ飛び去っていく。
――そのアホウドリは、本物の鳥だったのか。それとも、“それ”の残滓だったのか?
原作にかなり忠実だった「遊星からの物体X(1982, 2011)」
遊星からの物体X:2011 → 1982は連続している
「遊星からの物体X(2011)」は、「遊星からの物体X(1982)」の前日譚(プリクエル)にあたります。
日本公開時の邦題は「遊星からの物体X ファーストコンタクト」でしたが、それ以前に海外版のディスクが日本国内で「遊星からの物体X ビギニング」というタイトルを勝手に付けて販売されていたのを見かけたことがあります。
2011版は原作の冒頭部分+αの映像化
私は1982年版・2011年版の両方をキャプチャしてHDDに保存しているので、小説を読み終えたあとに改めて見直してみました。
2011年版は、原作の冒頭部分――宇宙船と氷漬けのエイリアンの発見から、氷が溶けて中のエイリアンが人間を同化していくあたりまで――を非常に忠実に再現しています。
そしてラストでは、犬に同化したエイリアンが逃げ出し、それを撃ち殺そうとヘリで追うシーンで幕を閉じます。
このラストがそのまま1982年版の冒頭へと繋がる構成になっており、過去作のファンにはたまらない演出でした。初めて観たとき、このアイデアには本当に感動しました。

1982版は原作中盤以降を忠実に映像化
1982版は、ノルウェーのヘリが犬を追いかけながら発砲しているところから始まります。
その犬をアメリカ基地の隊員が保護してしまうことが、後の惨劇の幕開けとなる。
この展開は、原作で犬に同化していたエイリアンが擬態を解く場面以降の出来事を中心に映像化しており、非常に忠実です。
原作を読んでから見直すと、細部の再現度の高さとジョン・カーペンター監督のこだわりに驚かされます。
1982は実物特撮、2011は実物特撮+CG
1982年版は、ロブ・ボッティンによる実物特撮(アニマトロニクス)の完成度が伝説的です。
一方、2011年版も当初は実物特撮を中心に撮影されていましたが、公開時には「古臭い」との判断から、多くのシーンがCGに差し替えられました。
CGの完成度自体は高くチープさはないものの、結果的に1982年版に比べて質感や“生々しさ”を欠いた印象になっており、この点についてはファンの間でも賛否が分かれています。
「遊星よりの物体X(1951)」は原作とはかなり別物
モノクロ作品の1951年版は、原作とは大きく異なります。
まず、舞台は他の作品がすべて南極基地であるのに対し、1951版のみ北極基地(空軍観測所)です。
登場するエイリアンも、吸血植物のような生命体で、血液を養分として成長し、種子で繁殖します。
人形になった外見もフランケンシュタインの怪物のような大男で、木材を片手に襲ってきたりします。
この作品も根強いファンは多いものの、内容的には原作から大きくかけ離れています。
当時の技術では“擬態”や“同化”の表現が難しく、またグロテスクな変形描写を映像化するのは不可能だったため、最初から原作に忠実に作る意図はなかったようです。
背景には、当時のアメリカ社会を覆っていたマッカーシズムと冷戦下の「共産主義の脅威」というテーマがあり、
そのため映画は「誰がエイリアンか分からない心理的恐怖」から、「団結して外敵に立ち向かう英雄譚」へと改変されました。
2025年11月現在、『遊星よりの物体X(1951)』はAmazonプライム・ビデオで見放題配信中です。未見の方はこの機会にぜひ。
まとめ:原作・1951・1982・2011比較表
| 項目 | 原作:『影が行く』(1938) | 『遊星よりの物体X』(1951) | 『遊星からの物体X』(1982) | 『遊星からの物体X ファーストコンタクト』(2011) |
|---|---|---|---|---|
| 舞台 | 南極基地 | 北極基地(空軍観測所) | 南極のアメリカ基地 | 南極のノルウェー基地(1982年版の前日譚) |
| ストーリー構成 | 氷中の宇宙船 → 融解 → 感染・疑心暗鬼 → 判別テスト | 氷中の宇宙船 → 植物型エイリアン襲撃 → 軍人が撃退 | 原作を忠実に再構成。擬態・同化・疑心暗鬼中心 | 1982年版の直前を描く。原作の「発見~初期感染」を再現 |
| モンスターの性質 | 細胞単位で同化・擬態・記憶再現 | 吸血植物型の知的生命体 | 原作同様の擬態生命体 | 原作の設定を踏襲し、感染→変形描写も再現 |
| 主人公像 | マクレディ(副隊長)ら科学者たち | 軍人キャプテン・ヘンドリー | ヘリ操縦士マクレディ(カート・ラッセル) | 古生物学者ケイト(メアリー・E・ウィンステッド) |
| 主題 | 「誰が人間かわからない」/パラノイア | 「外敵への警戒」/冷戦寓話 | 「不信・孤立・人間不信」/原作への回帰 | 「発見から崩壊まで」/原作序盤の再現 |
| 特殊効果 | 描写は控えめ(心理的恐怖) | 生物造形は単純(人型怪物) | 実物特撮で肉体変形を表現 | CGと実物特撮を併用(賛否あり) |
| 結末 | エイリアン殲滅不明 | モンスター殲滅 → 世界へ警告 | 生存者2名が互いを偽物か疑う中で終幕(マクレディとチャイルズ) | 1982版冒頭につながる |
| 雰囲気 | サスペンス・推理SF | 軍事SF・B級モンスター | 絶望的ホラー/人間不信 | 緊張感ある科学探査SF |
関連作品
- 『Black Mountain Side』(カナダ2014)
低予算ながら、“カーペンター版『遊星からの物体X』の精神的後継作”と呼ばれるインディーズ映画。 - 『The Thing Returns』(ポルトガル2021)
1982年版の非公式続編。調査隊が壊滅した南極基地と、氷漬けの二人の死体を発見するところから始まる。CGはPlayStation2レベル。 - 『県立地球防衛軍』(著:安永航一郎)
レンタルビデオで借りた『南極物語』(日本・1983)を観た――という書き出しで始まるコラムが収録されており、しかし実際にはカーペンター版『遊星からの物体X』の感想を、安永先生らしいユーモアたっぷりに綴っている。
「なんといっても圧巻はタロとジロの変形シーンであろう。突如、タロの顔が夏みかんのようにバックリと開くシーンは、ほとんどビックリである。」(コミック1巻より引用)
