7歳2ヶ月の愛鼬(フェレット)が老衰で永眠してしまいとても悲しい 心底から可愛がっていたペット(最早肉親以上の家族)のロスは本当に辛い

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ペット

溺愛していた老フェレットが飼主を残して逝ってしまい阿呆みたいに泣き捲りました

 それは2024年の年末の事でした。
 12月26日の正午頃、私が可愛がっていた愛鼬が新年を間近にして、7年2ヶ月の鼬生を終え、逝去してしまいました。
 その直後は、自分にとってとても大切な存在を喪った悲しみで、阿呆みたいに号泣して、その後も頻繁に思い出しては泣き、思い出しては泣きを繰り返しています。
 この悲しく切無い気持ちを、ずっと心に留め忘れない為に記事にしようと思ったのですが、暫くはとても記事に出来る様な精神状態では無かったのですが、やっとちょっと落ち着いて来たので、自分の気持ちの整理を兼ねて、愛鼬の最期を記事として纏めてみる事にしました。

見たくない現実 しかし目を逸らしても死は迫る

 独居の私が生後2ヶ月の頃から飼い始めた、我が家の愛すべきフェレットは10月15日生まれで、2024年に7歳の誕生日を迎えた時点では、老化でかなり体力が衰え、割と寝てばかりの状態でしたが、未だ充分に元気で、これなら一緒に新年を迎えられそうだね、と思っていました。
 しかし、それは根拠の無い勝手な希望的観測に過ぎなかった様で、7歳1ヶ月を越えた頃から急激に愛鼬の足下が覚束無くなり、踏ん張りが効かないのかフローリングの床だと上手く歩けなくなってしまい、しょっちゅう転ぶ様になりました。
 それでもご飯は確り食べてくれていて、起きている時は常に飼主の側に来て、手や足をベロペロ舐めて甘えてくれたので、この子は未だ大丈夫だと自分に言い聞かせて、愛し子との別れの時が確実に間近に迫って来ている現実を受け容れられず、その瞬間が訪れた時の事を極力考えない様にしていました。
 本当ならここで、覚悟を決めて置くべきなのでしょうが、自閉症スペクトラム障害の所為なのか、昔から感情のコントロールが上手く出来ない私には無理でした。

避けられない別れ 迫りくる死のカウントダウン

 しかし、時の流れは無情で、12月の20日辺りから、愛鼬の容態は目に見えて悪くなってしまいました。
 ご飯は食べてくれるけど、愈々足下が限界なのか立てなくなり、自力でトイレを出来無くなり、寝転がった儘で排泄物を垂れ流す状態になりました。
 この頃になると飼主が側に着いていてやれる時は、便意の気配を見せると抱っこしてウンチをさせてやり、序に膀胱マッサージでオシッコも出してあげる状況になりました。
 飼主が見ていない時に排便をすると、下半身がウンチやオシッコ塗れになって汚れてしまうので、お湯で濡らしたタオルで何度も身体を拭いてあげました。
 要するに、この時点でもう、うちの愛鼬は完全な要介護状態になっていました。

 老フェレットの介護は結構大変でしたが、飼主としては、これも一種のコミュニケーションの形であり、愛鼬が生きていてくれるのなら、その程度な労力は特に苦にはなりませんでした。
 しかし、老フェレットが要介護となった頃(12月20日)から、何とも間の悪い事で、飼主は風邪を引いてしまいました。
 特に熱も出ずに、最初はそう大した事は無い風邪だと考えていたのですが、一晩寝ても全く回復に向かわず、25日に愛鼬の状態が更に重篤化した、これはもう悪夢の様な最悪としか言えないとタイミングで、飼主の風邪もこの日に劇的に悪化して、挙句、寝込んでしまったのです。

そして愛鼬は孤独に逝ってしまった

 12月25日。この日の朝、老フェレットは呼ぶと頭を上げて反応してくれるので意識はハッキリしているみたいなのですが、殆ど寝たきりの状態になって、自分で立ち上がりませんでした。
 同時に飼主も、風邪の悪化で嘔吐が止まらず、水を飲んでも吐いてしまう状態で、身体を起すのが辛くてずっと横になっていました。
 風邪の影響か、眠気が凄まじく、断続的に少し寝ては目を覚まし、この日は、計15時間くらいは眠って過ごしたと思います。
 多少うつらうつらしてから目を覚ますと、何とか体を起こし、朦朧とした意識で何度か嘔吐を繰り返しつつも、老フェレットの様子を伺い、垂れ流しのウンチで汚れてしまった体を拭いてやり、食べ易い様にカリカリを小さく砕いてご飯を用意したりと、最低限の介護だけは何とか熟しました。
 この時、老フェレットはかなり衰弱して見えましたが、食欲はあり鼻先に置いてあげるとご飯を食べるし、湯呑みに入れた水を差し出すとちゃんと飲んでくれていました。
 かと言って、もう余り長くは持たないのではないかと言う不安は正直過ぎりましたが、風邪で思考が鈍り頭が旨く働かないので、この時は余り深くは考えず、再度横になってその儘、病気の時に特有の、霞のかかった様な茫漠とした意識で、質の悪い浅い眠りを淡々と貪り続けました。

 そして翌日の朝。飼主の嘔吐感は治まらず、この状況を打壊する為に、病院に「整腸&吐き気止め」の点滴を打って貰いに行く事にしました。
 この時、昨日にもまして老フェレットはぐったりしており、呼んでも殆ど反応を返してくれませんてした。
 何れ程に楽観的に考えても、老フェレットからは、間も無くの臨終を想像させる、死の気配が強く感じ取れました。
 飼主が元気であれば、この儘ずっと側に居て見守り続けたい心境でしたが、点滴で嘔吐感を何とかしないとマトモに動けない状態なので、不安を感じつつも出来るだけ早く帰ってくればきっと大丈夫と、何の根拠も無い気休めで自分を誤魔化して病院に向かう事にしました。

 出掛ける直線、「ごめんね。飼主ちょっと病院に行って来るよ。直ぐに帰って来るから待っててね」と老フェレットに声を掛けると、苦しそうな表情で老フェレットはこちらを見つめ「キューーーー」と悲しげに鳴き声を上げて返事をしてくれました。
 怨嗟の色が混じっている様にも思えるその響きは、7年の付き合いで愛鼬との或る程度の意思疎通が出来ていると思っている飼主にとって、「こんなに苦しいのに助けてくれないの飼主。側に居てくれないの? 何処かに行っちゃうの?」そんな意味合いに聞こえました。
 愛鼬からしたら、飼主が自分を見捨ると感じたのかも知れません。
 しかし、後ろ髪を引かれる思いを断ち切り、無情にも飼主は病院に向かったのでした。

 そして1時間半後。病院で点滴を終えて帰宅すると……老フェレットは孤独のなか、既に息を引き取っていました。

ずっと尽きぬ後悔

 実は家を出る時、この瞬間が愛鼬との今生の別れになる予感はあったのです。しかし、その予感を振り払い、自分は出掛けてしまった。最期の最後で、愛鼬に対する裏切り行為を犯してしまったなと後悔しました。
 帰宅して、冷たくなった老フェレットの姿を見ると頭の中が真っ白になりました。
 風邪で思考能力が鈍っていたからなのか、一時的な思考停止に陥ったのか、その時に涙は出ませんでした。「ごめんね。今迄、本当に有難うね」老フェレットの遺体にそう告げると、起きているのが辛かったので横になって、少し仮眠をとりました。

 目が覚めてから、老フェレットの遺体をその儘で放置しておく訳には行かないので、体を綺麗に拭いてあげてから箱に入れて、市のペットの遺体を焼却してくれる施設に運びました。
 施設に向かう車の中で「ねえ初めて逢った時の事を覚えている。最初の頃の君は掌に乗っかるくらいに小さかったんだよ」と、愛鼬の遺体に昔語りを続けていました。
 そして、施設に遺体を渡してから帰路に着いた時、車を運転しながら溢れ出る涙が止まらず、ずっと泣いていました。

 帰宅後、風邪で辛いので横になりました。正直、風邪の所為で意識がかなりぼうっとしていたので、本当ならずっしりと伸し掛かる筈の愛鼬との死別の悲しみも、幸か不幸か曖昧な感じに暈けていました。
 しかし、それから数日経過して風邪が多少回復して思考がクリヤになって来た30日頃に、遅延状態になっていた愛鼬との死別の悲しみを脳がはっきりと認識し出したのか、一気に涙が止まらなくなってしまいました。
 それ以来、「何故、あの時に病院へ行ってしまったのか」、「どうして臨終を看取ってやらなかったのか」そんな後悔ばかりが頭を過ぎり、自責の念に駆られ、生前の愛鼬の事を思い出しては涙を流すと言う状態を繰り返しています。

フェレットとの生活は癒やされる しかしその分 死別後の喪失感は凄まじい

 私は独居で14年間ずっとフェレットと一緒に暮らしてきました。

 最初の子はカナディアンでセーブルの女の子で、月齢1ヶ月半くらいの時期にお迎えし、未だハイハイをしている頃から育てて、この子は7歳の誕生日を間近にした6歳11歳でこの世を去りました。

初めて飼ったカナディアンの女の子。とても甘えん坊で遊んだ跡は膝の上で寝てくれる可愛い娘だった。飼主にフェレットの魅力を教えてくれ、フェレット依存症を発症させてくれた愛鼬でした。写真は落ち着きが出て来て元気だった4歳くらいの頃です。

2016年のひな祭り。ひし餅と一緒に撮影。

フラッシュを焚くと目が光る。外道照身霊波光線。

 小さい頃はとても甘えん坊で、大きくなってからも飼主と遊んでくれ、疲れると膝の上で寝てくれる、カナディアンとは思え無いレベルで気性の優しいフェレットでした。
 この子の最期は確りと看取ってやれました。飼主の膝の上で静に臨終を迎えました。

2017年11月30日のAM05:05に永眠。

 そして、この子が膝の上で息を引き取った時、段々と冷たくなって行く遺体を抱っこして、滂沱の涙を流しました。
 フェレットとの暮しは楽しくて充実していただけに、死別の喪失感はこんなに凄まじいものなのかと、ペットロスの辛さ切なさを身を持って理解しました。

 初代の愛鼬を喪った時、その寂しいに耐え兼ねて、再び新しい子をお迎えしました。
 2代目の子は、月齢2ヶ月になる寸前のバスバレーのバタースコッチの女の子でした。
 このフェレットが、2024年の年末に死別した愛鼬です。

先代との死別後にお迎えした当日の2代目の子。バスバレーの女の子です。常に走り回るので中々ピントの合った写真が撮れない子でした。子供なのでお手々が飼主の指の爪程度の大きさしかありません。

 この子は最初、飼主に甘えてくれない子で多動的に勝手に一人で走り回っているだけの子でしたが、1歳くらいになった頃から飼主とコミュニケーションを取ってくれる様になりました。
 やがて4歳を越えた頃からは、もう飼主べったりになって、後をずっと着いてくるし、呼ぶと嬉しそうに走って来て飼主に飛び付いてくれました。
 何時も、ちょっとしつこ過ぎるレベルで、飼主の手足に纏わり着いてペロペロと舐めてくれたので、歩く時に踏ん付けてしまいそうになって怖かったですが、とても可愛かったです。
 この子が6歳半くらいの頃に、飼主は交通事故で右の手根骨を骨折して、自宅療養で半引籠り状態になったで、臨終を迎えるまでの約9ヶ月は、略々ずっと一緒に居られて、金が無くて困窮したものの、幸せな蜜月を過ごせたのは有難かったです。
 それだけに、この子との死別がとても堪えています。

 フェレットに限らずペットと言うのは、飼って一緒に生活を始めると大切な家族になります。
 本当に我が子と同等に愛してしまうし、ペットも飼主を癒してくれるので、精神的に充実した日々を送れます。
 しかし、ペットとの一緒の暮らしが充実していればしている程、その愛しきパートナーと死別した時の喪失感は膨大になります。

 これからペットを飼おうと考える方は、ペットを可愛がって愛情を注ぐ程、その存在を喪った時の精神的ダメージが大きくなる事を覚悟して置くべきだと思います。

この記事を書いていたらやっぱり泣いてしまった

 愛鼬の死から約3週間が経過し、精神的に多少は落ち着いたかな、と思って気持ちの整理の為にこの記事を書きましたが、書いている途中、やはり滅茶苦茶悲しくなってかなり盛大に泣いてしまいました。
 鼻水もジュルジュルで、気付けば鼻をかんだティッシュペーパーが、眼前に山になっています。
 やっぱりペットを喪うと精神的なダメージが半端無いですね。
 ペットとの死別で悲しむのが嫌ならば、最初から飼わなければ良いのですが、心の中に穴が穿たれた様な虚無感を癒やす為に、私は再度新しい子をお迎えしてしまいます。

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